「行ったことのない世界に、足を踏み入れてみたい」かつての探検家が開いた京都の小さな古書店。

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京都の洋館の一室に佇む〝山の古本屋 軟弱古書店〟

家の近所に、軟弱古書店という名前の古本屋さんがある。
登山や渓流釣りの本を専門として取り扱っている古本屋さんなのだけど、先日初めてそこを訪れた。

私は外に出て遊ぶよりも、家で本を読むのが好きだ。
山に登ったこともないし、川で釣りをしたこともない。おそらく今後もずっとしないだろうなと思っていた。外に出て大変な思いをするより、快適な室内で本を読んでいたほうがずっといい。

だけど「山の古本屋」という字面を見ていて、ふと思った。
私は山に登ったこともないし、川で釣りをしたこともないから、そういう本を読んだことがないな、と。
では逆に、山や川の本を読んだらどうなるだろう?
こんな私が、山に登ったり川で釣りをするようになるなんていうことも、もしかしたらあるのかもしれない。

本を読むことは、新しい世界を知ることだ。
そう考えると、このお店に足を踏み入れることが、知らない山に足を踏み入れることと同じことのように感じた。

軟弱古書店があるのは、京都市左京区。
京都大学の学生寮である吉田寮のほど近く、白亜荘という古い建物の2階だ。
もともとこの建物は、大正初期に修道院が建てたアパートだそうで、現在は住民の方が数名と、あめびよりというタイ式リラクゼーションのお店、croixille(クロアゼィユ)という本屋、そして三人社という出版社が入っている。

白亜荘の中に足を踏み入れると、大正モダンの香りが残る内装に驚いた。
インターネットでたまたま近所にこういった本屋さんがあることを知ったわけだけれど、それまではこの前の道を通ることもなかった。

「山の古本屋 軟弱古書店」というプレートがかかった扉を開けると、八畳くらいのこぢんまりした部屋の中に、整然と本が並べられていた。

山、渓流、スキー、旅についての、ルポルタージュ、エッセイ、小説、雑誌……
戦前に発行された古いものから、新品に近いものまである。
それらが雑多な印象にならないよう、五十音順に丁寧に並べられている様を見て、本好きな私はつい嬉しくなってしまう。本屋に来ると、店主の方が本を大事に扱っているかどうかがすぐにわかる。いい本屋さんだなと思いながら、店内をぐるりと見渡した。

背表紙に目を滑らせてみても、そこには読んだことがある本が一冊もない。
それなのに拒まれている感じがしないのは、それらが誰かに開かれるようにと願われている本だからだと思う。

探検部時代に通った〝茗渓堂〟の記憶

店主の中山さんは、控えめで物腰のやわらかな方だった。「山の古本屋」ということで、もっと厳しい印象の方かと思っていたのだけど、優しく迎え入れてもらえたのでほっとした。

こちらにある本はすべて、大学時代探検部に所属していたという中山さんが仕入れて並べている。
大学卒業後はホテルマンとして働いていたのだが、「定年を待たずに好きなことをやろう」と早期退職願いを出して、2014年にこの本屋を始めたらしい。
今は週に2回ほど本屋を開き、そのほかの日には長年の趣味であったアウトドアの技術を活かしてウォーキングの道案内などの仕事をしているそうだ。

「始めは仕事をしながらインターネット上だけで本を売っていたんです。そしたらちょこちょこ売れるもんだから、そのうちリアルでやってみたいなって欲が出てきまして。
店を持つのは大変だろうし、どうかなあと思ったんですけど、いっぺんやってみようかなって」

軟弱古書店というお店の名前の由来は、探検部でよく使われていた「軟弱者」という言葉だそうだ。例えば登山の計画を発表するときなんかに、少しでもひ弱なことを言うと「それは軟弱だろう!」とOBや先輩に突かれたのだという。
その「軟弱」という言葉がずっと記憶に残っていて、本屋に名前をつけようと思ったときに最初に思いついたんですと、中山さんは笑った。

中山さんは東京の明治大学に通っていて、その近くにあった「茗渓堂」という本屋をよく訪れていた。そこには、山や探検に関する本、旅行記、ルポルタージュ、それから世界地図なんかの本が、1フロア中にたくさんあったのだそうだ。

「探検部でどこかに行こうっていうときには、その本屋に寄って資料を集めていたのですが、それがすごくおもしろかったんです。だから、いつか茗渓堂さんみたいな本屋をやりたいなっていうのはずっと思っていました」

それから約30年経ってその夢が京都で実現した。今はもう閉店してしまった茗渓堂が、こうして形を変えてここに残っていることの不思議に、私はなんだか感動してしまった。

中山さんの中には、茗渓堂での感情の記憶が、ずっとろうそくの火のように残っていたのだろう。軟弱古書店を通して、私はありし日の茗渓堂の空気を吸っているような気持ちになった。そしてそこに、目を輝かせて本を探している、若い頃の中山さんの姿も見えるような気がした。

探検とは『まだ人の行っていないところに行って、記録する』こと

だけど、探検部ってどういうことをする部なんだろう。
ふと疑問に思ったのでそう尋ねると、
「基本的には山登りなんですが、その技術体力をベースにして、川や洞穴、海外とか、いろいろなところへ行っていましたね」
と教えてくれた。

「そもそも探検とは何かというと、「まだ人の行っていないところに行って、記録する」ということなんです。それは人跡未踏の地という意味でもありますし、政治的に入れなくなった地域や、少数民族の住む地域も差します。だけど、そういった場所や人びとには、ひと山もふた山も超えていける体力・技術がないと出会えない。だから、登山や川下りなんかのアウトドア技術を身につけようというのが、探検部の考え方でした」

子供の頃から地図や時刻表を見るのが好きな「鉄ちゃん」だったという中山さんは、「今まで行ったことのないところに行ってみたい」という感情が強かったという。
「時刻表や地図を見ているといろんな想像が働いて、ああここに行きたいな、足跡をつけてみたいなと思うんです。その延長線上に登山があって、まさに足跡をつけるように、地図に自分が歩いたところを赤ペンで塗りつぶしていました」

「でもね、今は、登らなくても麓で見るだけでもいいなと思うんですよ。
僕も若い頃は、いかに早く頂上に登れるかばかり気にしていたんですけど、だんだん、他にももっと楽しみ方があるんじゃないかなって思うようになって。
雨や雪で登れないときには、下から眺めるだけでもいい。眠たければテントでゆっくり寝ていてもいい。そこでおいしい食事をとってもいいし、露天風呂に入ってもいいですしね。山は「こうでなくてはいけない」というのではなくて、もっと自由に楽しめるものなんだと思います」

 

 

中山さんが勧めてくれた3冊の本

最後に中山さんは、山に登ったことのない私に、3冊の本を勧めてくれた。

1『日本百名山』深田久弥著

「著者の深田さんが実際に登られた中から100山を選び、その魅力について書いた本なんですが、実際にこの100山を登るツアーも組まれているほどヒットした名著です。
ひとつひとつの山の表現が本当に素晴らしくて、「ああ行ってみたいな、登らなくてもいいから麓に立ってみたいな」と思いますよ。読みやすくて、旅心をくすぐる本だと思います」

2 『山靴の音』芳野満彦著

「逆に、山の怖さを感じるのは芳野満彦さんの『山靴の音』。芳野さんは八ヶ岳で遭難して、17歳のときに両足の指を凍傷で失くしてしまうんですが、その後も登山を続けた方なんです。あっさりとした筆致で描かれていますが、読んでいると「ひえー」となるような内容で、衝撃を受けますよ」

3 『北帰行』渡部由輝著

「これは僕が社会人になりたてのころに読んで、最も感銘を受けた本。釣り師になろうとした方の北海道放浪記です。
著者の渡部さんは東京大学の〝山とスキーの会〟に所属していたんですが、卒業したものの就職せず、イワナを釣って海外の遠征資金をかせごうと考え、知床へ渡った人なんです。
渓流で釣りをしながら、そのたもとで寝泊まりしたり、イワナを売ってもなかなか採算が合わなかったり。本当に大変だろうなっていう暮らしが書かれています。

その中に、山を歩いていると、なたで切ったあとの枝を発見する場面があるんです。
「切り口がまだ新しい。こんな場所を、自分より前に歩いている人がいる」
……それもやっぱり釣り師だったりして。そんな世界で生きていくことの大変さが描かれた、とてもおもしろい本なんですよ」

 

「本を開く」とは「心を開く」ということ

3冊の本を紹介したあと、中山さんは最後にこうおっしゃった。
「知らない本との出会いが、古本屋の楽しみだと思います。自分にも読めそうな本はないかなと探すのが楽しい。そんなふうに、ここで登山の世界に浸っていただけたら嬉しいですね」

私はまずは山の魅力について知りたいなと思い、『日本百名山』を購入した。分厚い本で、巻頭に山の写真がカラーで載っている。じっと見ていても、「山だな」くらいしかまだ感じない。だけど、この本を読み終わったときには、何かが変わっているだろうなという予感があった。

それは、ふと開いたページにこんな一文が載っていたからだ。

「日本人は大ていふるさとの山を持っている。山の大小遠近はあっても、ふるさとの守護神のような山を持っている。そしてその山を眺めながら育ち、成人してふるさとを離れても、その山の姿は心に残っている。どんなに世相が変っても、その山だけは昔のままで、あたたかく帰郷の人を迎えてくれる」(87 白山より)
引用元:深田久弥著『日本百名山 新装版』新潮社・1991年

それを読みながら、私は自分のふるさとの山を思い出した。それは確かに自分の心の中にあった。自分のふるさとの山を思い出すなんて初めてで、だからこんな気持ちになると知るのも初めてだった。

本を読むということは、新しい世界に触れることでもあるけれど、新しい自分を知ることでもあるのだな、と知る。「本を開く」とはつまりそのまま、「心を開く」という行為なのだと。その開いた部分から、新しい光が差し込んで、心が新しい輝きを見せる。

行ったことのない世界に、足を踏み入れてみたい。
そう思いながら本の中を歩き回った若き探検家は、その約30年後に同じ場所を作った。

そして今、ここでもまた、誰かの新しい探検が生まれ続けている。

____________

 

山の古本屋 軟弱古書店
住所:京都市左京区吉田二本松町4-3 白亜荘25号室
TEL:050-3743-3545
URL:http://yamanohon.jp/

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土門 蘭

1985年広島生。京都在住のライター。ウェブ制作会社でライター・ディレクターとして勤務後、2017年、出版業・執筆業を行う合同会社文鳥社を設立。インタビュー記事のライティングやコピーライティングなども行う傍ら、小説・短歌等の文芸作品を執筆する。二児の母。著書に『100年後あなたもわたしもいない日に』(文鳥社)。

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